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世界賢人会議「ブダペストクラブ」
アンバサダー 柴田光廣さん

「世界賢人会議」と呼ばれる団体があります。1993年に創設された「ブダペストクラブ」です。日本ではあまり知られていませんが、一体どんな団体なのでしょうか。同クラブのアンバサダー(親善大使)を務める柴田光廣さんに、お話をうかがいました。

悔いを残したくない

「自分のことやお金などに執着する人には限界があると思います」と語るのは、世界賢人会議「ブダペストクラブ」のアンバサダーを務める柴田光廣さん。「私の経験から言って、どんなに社会的な地位が高く一流と言われる人でも、名誉、保身、金銭的な利得などを超える『精神性の高さ』がなければ、やがて没落してしまいます」

柴田さんは、これまでイトーヨーカドーの経営政策室主事、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル ジャパンのディレクター、ディズニーストア ジャパンの代表取締役総支配人、ロロ・ピアーナ ジャパンの代表取締役社長などを歴任してきた国際派のビジネスマン。2004年後半から非営利系団体の支援活動を展開している。

「もともとは定年したらビジネス関係の本でも書こうと思っていたんですよ」と柴田さんは笑う。「でも、人間にはいつ何が起きるか分からない。ビジネスだけの人生で、最期に満足できるのか。自分自身の使命についていろいろ考え、人生の最終章は直接的に社会へ恩返ししようと決めたんです」

そんな柴田さんが出会い、「この人と一緒ならば」と共に活動することを決意させたのが、ブダペストクラブの創設者で現会長のアーヴィン・ラズロ博士だ。

ラズロ博士とブダペストクラブ

「ラズロ博士の食卓には『ひじき』をはじめとした和食がよく出ます。来日された折などは、毎日のように奥様と手をつないでホテルの回りを散歩するんですよ。まったく気取りのない、とってもオシャレな老紳士です」と柴田さんはラズロ博士を素描する。

アーヴィン・ラズロ博士は、1932年ハンガリーのブダペストに生を受けた。弱冠15歳でピアノの独奏会を開催するほどの「神童」で、ニューヨークの音楽評論家から「他に比類のない名演奏家」と絶賛されたという。

そんなラズロ少年が人生の意味や社会の運命に強い関心を抱くようになったのは10代後半。コロンビア大学で哲学や物理学の講義を受講し、湧き上がるアイデアをノートに書き溜めていった。そのノートがオランダの出版社の目に止まり、30歳で初の著作を出版。その後、世界的な知性が集まる「ローマクラブ」のアウレリオ・ペッチェイ会長(当時)に懇請され、歴史的な報告書『成長の限界』の作成に尽力した。70年代には国連訓練調査研究所(UNITAR)の特別フェローに就任し、「新しい国際経済秩序」について15冊、「地域間の協調」について6冊の書物をまとめあげた。

93年、「第3回ハンガリー世界連邦会議」で基調講演に立ったラズロ博士は一つの提案を行う。「ハンガリーは経済大国でも軍事大国でもない。しかし、科学、芸術、文化において大きな力を持っている。その力を活かすため、芸術家や作家のクラブを創設してはどうか」

ローマクラブは主に政治・経済面の問題を扱う。ハンガリーが芸術・文化面からアプローチすればローマクラブの活動を補うことになり、より総合的に世界の諸問題の解決を図れると考えたためだ。ハンガリー政府は博士の提案に賛同し、事務所を提供した。これが世界賢人会議ブダペストクラブ誕生の瞬間である。

あなたが世界を変える

ブダペストクラブの基本的な理念について、ラズロ博士はこう述べている。「ブダペストクラブは『自分自身を変えることによってのみ、私たちは世界を変えることができる』と主張します。自身を変えるために必要な新しい世界観を教えてくれるのは、まぎれもなく芸術、文学、霊性の分野です」。ブダペストクラブにミハイル・ゴルバチョフ、アーサー・クラーク、ダライ・ラマをはじめ、多数のノーベル賞受賞者、宇宙飛行士、映画監督、音楽家などが参加しているのはそのためだ。

現代物理学の最先端では、「すべての存在はつながっている」ことが科学的に証明されつつある。それはすなわち、私たち一人ひとりの思いや言葉、行動のすべてが人類全体、地球全体に影響を与えていることを意味する。私たち一人ひとりの意識や行動が世界を形づくっているならば、自分自身を変えることで世界も変えられる。「あなたが世界を変えられる」のだ。こうした意識をラズロ博士は「人類が地球という惑星で持続可能な生存を続けていくために必要な意識」と呼び、「惑星意識」と表現している。ブダペストクラブの主要な使命は、この惑星意識を人びとに伝え、世界を変革していくことにある。

ブダペストクラブの展開

「ブダペストクラブは変革のために何ができるかについて、理論だけでなく具体的な方法論にまで踏み込んでプロジェクトを展開しています」と柴田さんは説明する。例えば「グローバルマーシャルプラン」は有名だ。これは「1990年から2015年までに、1日の所得が1ドル未満の人々の割合を半減させる」ことなどを各国が公約した「国連ミレニアム開発目標」の達成をはじめ、持続可能でより公平な世界を実現することを目的とした世界的な運動。ローマクラブをはじめとした関連機関と共同で立ち上げたもので、国連からも高く評価されている。

また、ブダペストクラブ独自のプロジェクトに「文化創造調査(Cultural Creatives Surveys)」がある。これは平和や環境といったトピックに高い関心を示す人びとが各国・地域にどれだけいるか調査するもので、関心の高い人は「文化的創造性のある人びと(CC)」と位置付けられる。CCは社会の他の人びとより環境に重圧をかけず、他者との理解や協力に前向きという傾向があるため、CC人口が増えれば宗教的・文化的衝突や資源の欠乏、生態系の破壊などが少なくなると考えられている。

文化創造調査はこれまでハンガリー、ドイツ、イタリア、アメリカ、フランスで実施され、調査対象の2、3割がCCに属することが明らかになった。最近では日本でも調査が行われ、現在、調査票の回収が進んでいる。この種の社会調査は珍しく、国際比較も初めての試み。「日本的な特徴が見られるのでは」と、専門家も期待しているという。

若い世代への期待

ラズロ博士は、「20世紀が『権利の世紀』だとすれば、21世紀は『責任の世紀』」と訴えている。20世紀に手に入れた権利を行使した結果に対し、21世紀の人類は責任を負わなければならない。柴田さんは言う。「誰もが子どもや孫を愛する気持ちを持っています。でも、日々の生活の中では紙を無駄に使い、車の使用を控えることができない。『便利であること』が第一の価値になっているんです」。アインシュタインが「私たちは新たな思考法を学ばねばならない」と訴えたように、人間一人ひとりの意識を変えていかなければ世界を変えることはできない。

では、人びとの意識変革を促すためにはどうすればいいのか。柴田さんは「いま、ラズロ博士の最大の関心事は『教育』です」と語る。若い世代が「惑星意識」を体現していかなければ、世界と地球の未来はない。「そこで、ブダペストクラブでは人びとの意識変革を促す教育プログラムの作成など、具体的なプロジェクトを進めています」

焦点は青年、人材育成にある。そんな中、柴田さんは感じていることがあるという。「世間では若者の悪い面ばかりが強調されていますが、ブダペストクラブの活動を通じて感じるのは、キラリと光る若者が増えているという事実です」

青年こそ未来の希望である。若い世代へのメッセージを求めると、柴田さんは即座に答えた。「ラズロ博士は『人類の未来は予測するものではなく、創造していくものである』と呼びかけています。自分のことやお金に執着するのではなく、他人やすべての存在に対する『思いやり』を持ってほしい。そうした精神性の高さが、この地球と皆さんの将来をより良いものに変えていくはずです」

創設から13年を迎えたブダペストクラブ。ラズロ博士のリーダーシップのもと、「あなたは世界を変えられる」とのメッセージを発信しながら、世界の変革へ挑戦は続く。――(06年11月)