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「ジャパン・タイムズ」紙 2007年1月11日付 (非公式・仮訳)
「私たちは、それぞれの『差異』ばかりを強調し、『共通点』を見落としがちです。常に『我ら』と『彼ら』という立て分けをして、物事を見がちです。すべての人間を含めて『我々』という言葉で語ったときにのみ、初めてお互いの間に平和が実現するのです。自分自身の平和も獲得できます」 昨年の11月に、東京でお会いしたIAEA(国際原子力機関)のエルバラダイ事務局長の言葉である。核兵器の拡散防止のため、世界の先頭に立って、粘り強く「対話」を続けて来られた信念が、この一言に凝結している。 今ほど、「対話」の重要性が痛切に感じられる時はあるまい。治安が悪化しテロが続発するイラク、深刻化するスーダン西部ダルフールでの人道危機、北朝鮮やイランの核開発など、至るところで「分断」と「対立」が暗く渦巻いている。いずれの問題も、軍事力などのハード・パワーで事態を抑え込むことはできない。強制的な手段を用いて解決できるものでも決してない。これは、「9・11」以降のここ数年の推移を顧みるだけでも、明らかな教訓だ。 容赦のないハード・パワーによって、一番苦しめられるのは、何の罪もない市井の庶民である。しかもその悲哀を味わうのは、敵味方を問わない。いかなる「正義」や「大義」を掲げようとも、力による解決は、次の世代に憎しみを再生産し、紛争を恒常化させる恐れをはらんでいる。この“憎しみの連鎖” “復讐の連鎖”が温存される限り、暴力を生み出す根を断ち切ることは永遠にできない。 こうした行き詰まりを打開しようと、対話を通じた紛争解決を目指す動きが、各地で芽生え始めていることは、歓迎すべきことである。 もちろん「話せばわかる」というほど、現実は単純なものではない。力の論理に囚われ、対話が不可能と思える相手や、過去からの経緯から、対話が成立ち難い状況すら存在することも、事実である。 しかし、だからこそ、対話の選択は、真の「勇気」と「強さ」の選択なのである。対話は、両者の立場の違いや問題の所在を直視しながら、互いの間に横たわる障害を一つ一つ忍耐強く取り除いていく、人間精神の究極の建設作業だからである。それゆえ、物理的な破壊を本質とする武力とは異なり、対話は、問題の根本的解決をもたらす可能性を持っているのだ。 とくに、現代世界は、グローバル化(地球一体化)によって、一つの大きな「人類家族」としての自覚ができる環境にある。エルバラダイ事務局長は、この点を指摘されながら、こう言われた。「どんな肌の色であれ、人種であれ、宗教であれ、私たちには、同じ希望があります。同じ志があるのです。世界のどこにいても、それを感じます」 私自身、これまで、政治的、宗教的、民族的、文化的背景の異なる世界の方々と、対話を重ねてきた。同じ人間としての共通の大地に立って、胸襟を開いて話し合えば、一歩前進への糸口は必ず見つかる。これが、私の偽らざる実感である。いな確信といってよい。 冷戦の渦中に誕生した「核戦争防止医師の会」(IPPNW)も、当初は東西の医師たちの間でケンカが絶えなかったと伺った。だが、話し合いを続けるなかで、医師として、共通に取り組むべき、生命尊厳と平和の課題が浮かび上がってきた。そして、真摯な対話の熱は、さまざまな対立の“氷”をも溶かし、イデオロギーを超えた人間の友情と連帯の“水かさ”を増していったというのだ。 ひとたび対話の席に着いたならば、互いを非難するのではなく、現実的かつ前向きに、問題の本質を見極めていくべきである。対立とは、いわば当事者の「共通の問題」である。解決のための共同作業を通して、相互に認め合い、学び合い、尊敬し合う心が育まれることもあろう。このような相互作用から、新たな関係や予想もしなかった可能性も開けてくる。 戦争や紛争の背景には、互いの疑心暗鬼がある。「対話の窓」を広げることは、そうした暗雲を払拭する第一歩である。世界平和のために、いかなる民族・国家をも、国際社会の中で孤立させては絶対にならない。人間を隔てる差異は、反目し傷つけ合うための“障害”などでは決してないのだ。むしろ、文化や文明が異なっているからこそ、その差異によって、世界により豊かな価値が創造される。 人類の多様な文化的、宗教的伝統から生まれた英知をもとに、私たちの共有する未来を展望する「文明間の対話」を推進する動きが、近年出てきている。その提唱者の一人であるハーバード大学のドゥ・ウェイミン教授は、今の世界を覆う風潮に、厳しく警鐘を鳴らされていた。「文明の対話は、互いが学び合ってこそ、真の意義があります」「学ぶことをやめ、他人に教えるのだとの高慢な態度を持つ文明や人間は、必ず衰退していくものです」と。 今こそ「文明の対話」から、さらに「対話の文明」の創出へと、進みゆく時なのである。頑なまでの力へのこだわりをも、生き生きと躍動する対話のうねりのなかに、包み込むことができるはずである。時には、激しい応酬の火花を散らしながら、人間を拘泥させているこだわりの結び目を、一つ一つ丹念に解きほどいていく勇気と忍耐こそが、肝要なのだ。人間主義の外交の積み重ねは、必ずや時流の修正軌道につながっていくであろう。 文化的な多様性に彩られた豊穣な世界を、閉ざされた排他性に逆行させてはならない。共生と協調をもたらす新たな創造性へ、「対話」の精神を復興させゆくことだ。「対話の可能性」を信ずることは、「人間の可能性」を信ずることなのである。
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