![]() |
|||||||||||||||||||||
|
「ジャパン・タイムズ」紙 2007年3月8日付 (非公式・仮訳)
今年は、日本にとって「2007年問題」と呼ばれる、大きな変化の節目である。戦後のベビーブームの中で誕生した「団塊の世代」が、今年から次々と定年を迎え、かつてない大量退職の時代が始まるからだ。 すでに、日本の65歳以上の高齢者は、過去最高の2560万人となり、総人口に占める割合も2割を超えるに至った。数年後には、この割合は更に増える見通しである。 もちろん、「高齢化」は日本だけの問題ではない。国連によれば、現在およそ6億人と推定される60歳以上の高齢者は、2050年までに20億人近くに達すると予測されている。 それは、単に「数」の増加の問題ではあるまい。高齢者の一人ひとりを、どう大切にするかという視点から、人生と社会の在り方を、もう一度、見つめ直していく転機であろう。 自らが必要とされているという手応えをもって生きていきたい――これは万人の変わらざる願望だ。その生き甲斐と充実を、生涯にわたって実感できる社会を、いかに構築すればよいか。 さらにまた、高齢者の知恵と経験は、現在と未来を豊かにする、かけがえのない宝である。高齢者を真に尊ぶ気風を確立することは、社会の持続的な繁栄の基礎となるに違いない。 急速な高齢化に直面している日本は、創意的な息吹をもって、この人類的課題の“挑戦”に“応戦”していきたいものだ。 昨年、団塊の世代を対象に行ったアンケート調査によると、将来の暮らしについて、「不安に感じている」と答えた人は66%に及んだ。年金や生活費などの経済面に加えて、自分自身の健康や親の介護の問題が、不安の要素として挙げられている。 実際に、介護で想像を絶する苦労をされている方々の声は、まことに切実である。こうした声に対して、どれだけきめ細やかで誠実な政策的対応ができるのか。政治の責任は、極めて大きい。 その一方で、日本の将来に明るい兆しを感じさせる調査結果も出ている。現在、団塊の世代で「ボランティア活動に参加している人」は15%にすぎない。しかし今後、「参加したいと考える人」は6割に達している。とともに、今後、近所での「つきあい」を深めたいという人も、8割近くに上った。 私は、こうした「他者のために尽くす生き方」や「地域で人間関係を深める生き方」を、多くの人が生き生きと持ち続けていくことが、実は高齢社会を活性化させゆく重要なカギになると思う一人である。 「自分を必要とする人のために尽くす」――こうした心があれば、その人自身が若々しく元気になっていくからだ。そして周りの人々の心を温め、地域を明るく輝かせていくからだ。 東洋の箴言には、「人のために火を灯せば、自分の足元も明らかになる」とある。真心込めて周囲を照らした光は、わが人生の完成期を包む荘厳な光彩となって還ってくる。「真に幸福な人」とは、「人びとに幸福をもたらす人」であるといえないだろうか。 「生涯青春」という言葉がある。いわゆる心の若さとは、年齢によって決まるものではない。みずみずしい探究心、向上心を失うことなく、自らの掲げた目標に向かって、たくましく挑み続けていく情熱の炎によって決定されるものであろう。 「何かを揚げなければならない、そんな思いがやって来る。凧に似たものを、高く揚がるものを、烈風の中に舞い、奔り、狂うものを、高く揚げなければならぬと思う」 これは、作家の井上靖氏が、私に送ってくださった手紙の忘れ得ぬ一節である。正月に子どもたちが凧揚げに出かける姿をみて胸によぎった感懐ですと、書き留められてあった。 老境を迎えるにつれ、「烈日」という言葉にますます惹かれるようになった――との心情を綴った手紙を頂戴したこともある。真夏に烈しく照りつける太陽のように、「烈しく何事かを為そうとした気持ちだけが、生きたということの証し」といわれるのである。 最後の作品となった『孔子』の執筆を始められたのは、ガンを患い、大手術を受けてからのことであった。以来、2年にわたり、時には病室に机を持ち込んで連載を続け、孔子とその弟子たちに人間的な光を当てた名作は仕上げられた。 「晩年、人間として完成に近づいていく年代に、最高にいいものを書ける――できることなら、これが一番、幸せなことと思います」と述懐されていたことも、思い起こされる。 老いを、「死に至る衰えの時期」と受け止めるか、それとも、「人生の完成への総仕上げの時」ととらえるか。老いを「下り坂」と見るか、それとも「上り坂」と見るか。その微妙な一念の違いによって、人生の豊かさには天地雲泥の違いが生じよう。 かりに無量の富や権力を手にしても、死という定めからは絶対に逃れることはできない。人は、限られた生を自覚するからこそ、「より良き人生」「より価値ある人生」を真摯に求めることができるともいってよい。真っ赤な夕陽が翌日の晴天を約束しながら、赫々と輝き切っていくように、未来の世代に希望の光を贈りゆく晩年でありたいものだ。 文豪にあらずとも、誰にも残せるものがある。「わが人生」という名の生命の軌跡である。それは、何ものにも侵されないものだ。その軌跡が満足のいくものであったか否かは、自身の胸中にのみ厳然と刻印される。そして人生最高の一節は、むしろ苦闘の中に刻まれる。 「我は、かく戦った。かく生き抜いた」「わが生涯に悔いはなし」と胸を張れる誇りこそが、勝利の人生の証しとはいえないだろうか。最後に「いい人生だった」と言い切れるゴールを、互いに励まし合いながら目指していく――そこに高齢社会の一つの指標を見出したい。 高齢社会を考えること、それは政策にとどまらない。私たち自身の生き方を考える好機でもあるのだ。
|
||||||||||||||||||||
| Peace Proposal.com (PPC)は平和関連情報を提供している個人サイトです。 お問い合わせは office@peaceproposal.com まで。 |
|||||||||||||||||||||